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岡山地方裁判所 昭和48年(ワ)81号 判決 1978年9月26日

原告

建部一

右訴訟代理人

岡本貴夫

被告

大和証券株式会社

右代表者

大越実

右訴訟代理人

渡辺留吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告が大蔵大臣の免許を受け証券業を目的とする株式会社で、岡山市表町一丁目六番二四号に岡山支店(以下被告岡山支店という)を設けていること、原告が被告岡山支店との間で株式売買の取引をする顧客であつたこと、原告主張の別紙目録記載の銘柄株券が昭和四七年四月一九日から同年五月一〇日までの間、別紙目録記載のとおり各取扱証券会社を通じて売却され、売却代金から手数料等を差引いた売付代金交付額の金員が売却人によつて持ち去られたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によると、原告は、右株券を同四七年四月一八日午前一一時三〇分から午後〇時ころまでの間、原告の肩書住所で、訴外葛城忠志こと金忠志(昭和一一年三月一五日生)から空巣狙の手口で盗取されたこと、金はかねてより原告が株券を所持していることを知り、かつ株式売買に関する十分な知識があり、盗取した株券を逸速く換金すべく急ぎ上京し、その姉訴外金幸子(昭和六年三月一〇日生、住所東京都大田区北千束三丁目一四番一九号、美容師)に株券の名義人の妻や名義本人になりすまして売付委託を行なわせ、予めそのために借り受けたマンシヨン及び電話で、証券会社から郵送されてくる売買報告書を受け取り、かつ住所確認の電話を受信するなど怪しまれないように周到な手口を用い、右金幸子を通じて各取扱証券会社に売付の委託をし、まんまと売却代金を手に入れたことが認められる。

二原告が、盗難の被害を覚知した同年四月一八日午後、被告岡山支店に対し電話で株券盗難の旨を知らせたことは当事者間に争いがなく、<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、右原告の被告岡山支店に対する電話は、昼すぎと夕方の二回にわたり、被告岡山支店第三営業課付の課長代理堀内隆史によつて受信されたこと、堀内課長代理は、盗難にあつた銘柄、株数、名義人を聴取してメモ(乙第一四号証)を作成し、株券の特定に必要な記番号が明らかでなかつたため同店管理課証券出納係員星島和子に命じて、記番号の調査をさせたこと、星島係員は、従前の自店取引を記録したマイクロフイルムによつて株式会社クラレの株券記番号を調査したほか、他店取引によるその余の銘柄につき名義書換代理人の各信託銀行証券代行部へ電話し、盗難にかかつたので公示催告手続の必要上記番号を教示してほしい旨を告げて記番号を聴取し、ようやく翌一九日午後三時ころに至つて全銘柄の記番号の調査を終えたこと、星島係員は堀内課長代理及び管理課長らの命を受け同日午後五時ころ、岡山県下の証券会社一二、三社に対し、速達郵便に付して「事故株券のご通知」を発送したこと、堀内課長代理は、そのころ、原告に対し、記番号を記載してある右「事故株券のご通知」一通(甲第二四号証)を交付し、かつ、被告本店受渡部株式出納課の事故証券担当者にも同様の通知を発したこと、その当時、堀内ら被告岡山支店の係員は、右通知に基づき被告本店から東京及び大阪等各地の証券取引所の所報の「証券事故」欄に盗難株券の通知が掲載され、その所報の配布先である各証券会社へも通報されると信じ、かつ、その旨を原告に説明していたが、右証券取引所所報の「証券事故」欄は、同四六年八月一日から廃止されていたこと、その結果被告本店から他の証券会社、信託銀行、証券取引所等へなんら事故通知は伝えられなかつたことを認めることができる。原告は、同四七年四月一九日被告岡山支店に対し株券の売却代金が当時氏名不詳の犯人らによつて持去られるのを防止するため、各株券の名義書換代理人である別紙目録記載の各信託銀行及び売付の委託を受ける全国の証券会社に対して右盗難株券の名義人及び記番号を通知することなどを委任し、被告岡山支店はその旨通知することを引受けたと主張するけれども、右主張に副う原告本人尋問(第一ないし第三回)の結果部分はその余の証拠に照らして信用しがたく、前示認定の事実関係に照らすと、被告岡山支店堀内課長代理が原告に対し盗難株券の記番号の調査をし、岡山県下の一二、三の証券会社及び被告本店に対し事故通知を発する事務を準委任契約として引受けたにとどまり、被告岡山支店から直接各株券の名義書換代理人である各信託銀行及び全国の証券会社に対し盗難株券名義人及び記番号を通知することまでを引受けたことを肯認するに足りないというほかはなく、他に原告主張の委任契約の内容が原告主張の事務を包含するものであることを認めるに足りる証拠がない。

三そうだとすると、被告が名義書換代理人たる各信託銀行及び岡山県以外の各都道府県にある証券会社に対する通知をしなかつた結果、犯人らから売付委託をうけた東京証券株式会社上野営業所長代理副長片岡一良が同四七年四月一九日、一見の客である金幸子を不審に思い、株券三菱重工の名義書換代理人たる三菱信託銀行に対し電話で右株券の記番号及び名義人氏名を通知し事故株又は盗難株でないことを確認した際にも、同銀行から盗難株であることを知らされず、同年同月二二日金幸子に売却代金を交付し犯人逮捕の機会を逸したとしても、これを目して被告の原告に対する委任契約上の債務不履行に基因するものと解することができない。原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

四そこで原告の予備的請求の原因(六)について判断する。原告が被告岡山支店に対し原告主張の同四七年四月一八日株券が盗まれた旨を知らせること、被告岡山支店が専門知識及び組織を有する証券会社であること、被告岡山支店が盗難株券の記番号を調査し、岡山県下の証券会社に盗難株券を知らせたこと、別紙目録記載のとおり犯人らに換価代金が支払われたことは当事者間に争いがなく、被告岡山支店が盗難株券の記番号を調査し、岡山県下の証券会社に盗難株券を知らせたことは、前示のとおり原告と被告岡山支店との間の準委任契約に基づくものであり、被告主張のような証券会社として顧客たる原告に対する業務上のサービスの一環として任意になしたもので委任に基づくものではないとはいえない。しかしながら、原告主張のように被告が盗難株券の回収を図りその売却換金を阻止する方法・処置について専門知識及び組織を有する証券会社として、右の知識及び組織を有しない一般投資家たる原告のために、その方法・処置を教示するのは勿論、自らその方法・処置を代行すべく必要な印鑑・書類・費用等の提出を促し、盗難株券の特定につき必要な銘柄・記番号・名義人の調査をし、県下の証券会社に盗難株券を通知するばかりでなく証券業協会・株式名義書換代理人たる信託銀行等に盗難株券をすみやかに電話又は速達郵便をもつて通知し、もつて全国の証券会社から照会がなされたときは盗難株券であることが容易に判明し盗難株券の換価を未然に防止すべき注意義務があるというべきかどうかは疑問である。被告が反論するように、証券会社が証券取引のある顧客から株券盗難の通知を受けたからといつて、直ちに名義書換代理人又は株式発行会社若しくは証券取引所又は証券業協会に対する盗難届出をすべき義務を負うような法令上の根拠がないこと、証券取引所報又は証券業協会報に従前設けられていた「証券事故」欄の制度は、同四六年八月から同年一〇月にかけて順次廃止されたのであつて、廃止の理由は、盗難、紛失を理由として善意の第三者に対抗することができないとする商法二〇五条二項「株券ノ占有者ハ之ヲ適法ノ所持ト推定ス」の規定のもとではその意義が薄れたこと、有価証券の流通量が膨大となつた現状では、事故通知により事故の有無を日常取引においていちいちチエツクすることが物理的に不可能に近くなつているここと、全国の証券会社の店舗数は一八〇〇ないし一九〇〇といわれているのであつてこれに対し緊急に事故通知をなすことは、その経費及び労力を考慮にいれるととうていなしうることではないことなどの事情に鑑みると、かかる義務を法律上当然に証券会社に課することはできないものと解するほかはない。

そうだとすると、原告主張のように東京証券株式会社上野営業所所長代理副長片岡一良から株式名義書換代理人たる三菱信託銀行に対し照会がなされたのに、盗難株券であることが判明しないまま別紙目録記載のとおり犯人らに換価代金が支払われ原告に株券を回収する機会を失わせたとしても、これを目して被告の過失による不法行為によるものということはできないので、原告の予備的請求もまた失当として棄却するほかはないというべきである。

以上の次第で、原告の本件主位的及び予備的各請求は、いずれも理由がなく全部棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(早瀬正剛)

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